毎晩のお菓子、ネットでの無駄遣い―更年期に現れる「衝動」の理由
毎晩お菓子を食べたり、ネットショッピングで無駄遣いしたり――食べたいわけでも、欲しいわけでもないのに、なぜかやめられない「衝動」は、更年期に起こりやすい心のトラブルのひとつです。
「やめたほうがいい」という理性の呼びかけに逆らって動いてしまう自分への嫌悪感にさいなまれ、家族をはじめとした周囲の目に怯える人は少なくありません。
心理カウンセラーの半澤久恵さんによれば、コントロールできない衝動の問題の根底には、その人が元々抱えていた心の痛みがあるといいます。心理カウンセリングを利用した、「心の深層」へのアプローチの仕方を教えていただきました。
やめるべきという自覚があるのにやめられない衝動
――「衝動」も、更年期によく見られるトラブルのひとつなのですね。
はい。ただし、衝動は年齢を問わず誰の心の中にも存在しています。更年期という時期に心身が受けるさまざまな刺激によって、心の奥底で鳴りを潜めていた衝動が増幅され、トラブルとして顕在化するわけですね。
ホットフラッシュや動悸といった体のトラブルから来る不安感や恐怖感、家庭内の環境の変化や人間関係などによるストレスが引き金になることが多いようです。
――「依存症」とは違うのでしょうか?
衝動と、アルコール依存症や買い物依存症といった明らかな疾患との違いのひとつは、衝動をコントロールできるかどうかにあります。
衝動の場合、本人に「このままの状態が続いたら、家族との関係が壊れかねない」「やめないと、いつかたいへんなことになる」といった自覚があって、日常生活に支障をきたす一歩手前で踏みとどまっています。
依存症は第三者が見ると明らかに過剰な状態であるにもかかわらず、本人にはコントロールがききません。お金がなければ借金してでもお酒を買って飲むというように、「適度」で収めることができなくなって、日常生活がままならなくなるのです。
――衝動の具体例があれば教えてください。
例えば、お腹がいっぱいなのにお菓子を見ると食べずにはいられない、一人になるとネットショッピングをせずにいられなくて、つい不要な物まで買ってしまう...といった行動です。
いっしょに暮らしている家族の前では普通の量を食べているのに、みんなが寝静まって一人になった途端、家の中にあるお菓子を全部食べてしまうというのは衝動の典型例ですね。
衝動は何らかの痛みを隠すための代替行為
――自分が衝動によって動いているかどうかを見極めるには、どうすればいいのでしょうか?
衝動について考えるとき、人はそれが自分の意思に反する行動であるという意識から、「どうしても◯◯してしまう」という言い方をします。
自分の行動を振り返って、
どうしてもお菓子を食べてしまう。
どうしても買い物をしてしまう。
↓
それがやめたくてもやめられない。
止められるとすごく腹が立つ。
といったときは、「衝動」といえるでしょう。
――衝動の根本には、何があるのでしょう?
幼少期に確立される、「自分は何者であり、どうあるべきか」というセルフイメージが根底にあるケースが多いですね。
例えば、兄弟が多くいる家庭で生まれ育ち、セルフアイデンティティを確立する時期に「ほかの兄弟と比べて注目されていない」「もっと家族の役に立って認められたい」という思いを持ちながら大人になった場合、更年期でストレスや不安を感じたことをきっかけに、押し殺していた気持ちが動き出すことがあるんです。
衝動は、幼い頃の自分が抱えていた思いがよみがえったとき、そこから感じる寂しさや切なさを埋めるための代替行為として現れます。
「母として立派でなければならない」「社会人として正しくあらねばならない」といったように、一人の大人として自分を律する思いや、自分の中にある思いへの否定が強いほど、胸の奥の痛みを人の目にさらすわけにはいかないという気持ちが強くなり、代替行為として「衝動」が強く現れる可能性があります。
批判も否定もせず、心の声と向き合う
――衝動に気付いたら、どう対処すればいいのでしょうか?
お話ししたとおり、衝動は表面的なトラブルに過ぎません。衝動の裏には、それによって埋めている心の傷があります。
「食べないようにする」「買わないようにする」と衝動を抑え込もうとするのは、痛み止めを飲んで痛みをやり過ごす対症療法のようなもの。「◯◯してしまう」状況に気付いたら、自分の心の声と対話して、元々の痛みと向き合いましょう。
――本当の痛みにたどり着くために、どう心の声と向き合えばいいのでしょう?
まずは、自分がやめたいと思っている行動がどんなものなのか、どんなときにやってしまうのかを思い出しながら、「それをしているとき、あなたはどんな感じなの?」「それをするとどうなるの?」「しないとどんな感じになるの?」と心に呼び掛けてみてください。
何度も言葉を変えて呼びかけていると、かたくなに絡まっていた糸がほどけるように、「食べているときだけつらさを忘れられる」「買い物をすると寂しさが紛れる」といった言葉がわき出てくる瞬間があります。
そうしたら、もう一歩踏み込んで、紛らわそうとしているつらさや寂しさはどこから来た感情なのか、問いかけてみましょう。
返ってくる答えは、聞くのがつらく、苦しいものかもしれません。自分がみじめに思えることもあるでしょう。しかし、それはあなたが本当にみじめなのではありません。大切なのは、どんな答えが返ってきても、批判したり否定したりしないことです。
――ただ受け止めるということですね。
そうです。自分自身のセラピストになったつもりで、これまでの経験も、それにまつわる感情も、ありのまま受け止めましょう。そして、「今までよくやってきたね」と自分をねぎらってあげてください。
「なんでこんなことをしてしまうんだろう」と後悔がよぎったら、「これまではそうやって乗り切ってきたよね。これからは新しいやり方を試してみようね」というように。
そうやって、「本当はもっと甘えたかった」「もっと誰かの役に立ちたかった」という傷を見つけることができ、その傷を癒やすことができれば、いずれ衝動はなくなっていくはずです。
もちろん、みずからその一連のプロセスを踏むことが難しい場合は、セラピストに頼ってください。うまく心の深いところにある痛みを引き出し、癒やすお手伝いをしてくれますよ。
無理せず、焦らず、ご自身の心と向き合ってください。
お話を伺ったのは...
半澤久恵(はんざわ・ひさえ)さん
心理カウンセラー/セラピスト
大学卒業後、出版社へ入社。体調を崩したことをきっかけに、興味のあった心と体に関わる仕事をするため、アロマセラピーの道へ。サロンでセラピストとして働きながら、整体やアロマスクールの講師も務める。2012年にOAD心理セラピストの資格を取得。現在は自身のサロン「AROHAM」にて心と体にまつわる個人セッションを行うほか、心理学の講師としてセミナーなども開催している。
https://www.aroham-kee.com/