ポストコロナ時代の「ラグジュアリー」とは?
3年ほど続いたパンデミックがようやく落ち着きをみせ、堰を切ったかのように人々が活動を開始しました。でもそれは決して"コロナ前"に戻ったわけではなく、明らかに新たな価値観が生まれています。ではビューティ業界ではどうでしょう? スキンケアからメイクアップ、フレグランス、そしてホテルスパまで、注目のブランドをピックアップしながら、現在の潮流をご紹介します。
"ウルトラプレミアム"なコスメが続々登場
長らく続いた"マスク生活"と"ステイホーム"は、特に女性たちに「美容との向き合い方」を再考させたといえます。当初は手抜き美容に流れる傾向もありましたが、長期化するコロナ禍とともに肌の年齢感や緩みが顕著になり、改めてスキンケアコスメの底力を見直すきっかけとなりました。
コスメは使えば使うほど、コンシューマーの審美眼に磨きがかかります。果たしてコロナ禍は消費の二極化を加速させ、"高級化粧品"と呼ばれるブランドの売り上げが大きく伸長。そして今、その格差は一層広がり、さらに上を行くラグジュアリーコスメが続々と登場しています。
例えばディオールの最高峰ライン「プレステージ」に新たに加わった美容液「プレステージ ル ネクター プルミエ」。ソルボンヌ大学とのパートナーシップにより得られた知見に基づいてエイジングを加速するメカニズムを特定。そして効率よくアプローチすべく、7代にわたる交配を経てスキンケアのために開発したグランヴィル ローズから抽出した新成分を開発・配合。ディオールが誇るフローラル サイエンスとテクノロジーをさらに進化させ、97%自然由来成分で構成された"ウルトラプレミアム"な美容液です。
蘭に特化した研究プラットフォーム「オーキダリウム」を20年ほど前に設立したゲランからは、2024年2月に「オーキデ アンペリアル」の新ライン「ゴールドノビレ」が誕生します。チェコのパラツキー大学と提携し、従来の知見に量子生物学を加えることで、エイジングをより多角的に解明。今回は北インドに生息するゴールドノビレオーキッドから有用成分を開発し、天然由来成分95%配合の美容液と94%配合のクリームの2品が登場します。
メイクアップにも"クワイエットラグジュアリー"が登場
製品を支える歴史とバックグラウンドストーリー、独自の世界観、配合成分の希少性と即効性、さらにラグジュアリー性を保ちながらもリフィル対応にまで踏み込んだサステナブルな製品設計......現代のスキンケアコスメにおける「ラグジュアリー」とは、1980年代バブル期のような奢侈で華美なものではなく、配慮の行き届いた"クワイエットラグジュアリー"と言えるかもしれません。そしてそれは、メイクアップでも同様です。
2020年に第1章・ルージュから始まったエルメスのメイクアップラインに2023年秋、最終章となるアイシャドウパレットが加わりました。バウハウスに着想を得て、ベースカラー2色の□とアクセントカラー2色の○を組み合わせた4色構成、シルクやレザーのアーカイブから取り入れた絶妙な配色、シルキーで滑らかなテクスチャー、とエルメスコードを見事に反映。そのうえで原材料の72%〜98%を天然由来成分としながらも、ナチュラルからディープまで美しい発色を実現し、かつアイシャドウパレットでは珍しいリフィルも用意。メイクアップでは数少ないラグジュアリー性は、さすがエルメスです。
フレグランスだから可能なラグジュアリー表現
コロナ禍によるさまざまな行動制限や自粛生活がもたらすストレス解消がきっかけとなり、フレグランスの利用者が急増しました。日本の市場規模は依然小さいものの拡大傾向にあり、そのようなタイミングで上陸し話題を呼んだのが「アンリ・ジャック」です。
1975年にグラースで誕生したオートパフューマリーメゾンで、2014年からレディメイドをスタート。日本には2022年に上陸し、2023年には東京・銀座にフラッグシップショップをオープンしました。香料濃度約100%の「レ・エッセンス」が30㎖で160,600円から、となかなかの価格設定ですが、驚くべきは、練り香水。ケースの材質によって異なりますが、なんと400万円超え。名刺よりも小さなサイズで車1台分に相当します。
なぜそこまで高価格なのでしょう? それは資材を丸ごとフランスから空輸して完成させたフラッグシップショップで実際に手にとっていただくのが一番なので詳細は省きますが、ひとつ言えるのは、このブランドのCEOであり創業者の娘が、スイスの高級時計ブランドの創業者リシャール・ミルの姪であることと関係があります。つまり非常に軽量で精巧でしっくりと手に馴染む秀逸なケースはスイスの時計職人が4年半をかけて開発、さらにそこにセットする練り香水の開発に3年半、万が一ケースに不具合が生じてもスイスの工場で対応。これぞサヴォワフェール、単なるフレグランスの域を超えているのです。
最新スパに見るラグジュアリーウェルネス
東京オリンピック・パラリンピックを機にインバウンド需要を見越して、ラグジュアリーホテルの開業が日本全国で続いています。海外ホテルブランドの上陸も多く、リゾート型やライフスタイル型などその仕様はさまざま。海外旅行のハードルが高くなってしまった私たちもぜひ利用したいところですが、ホテルステイの楽しみはなんといっても、非日常の空間と心身が解放されるスパトリートメントでしょう。
世界遺産の二条城を臨む三井家ゆかりの地に誕生した「HOTEL THE MITSUI KYOTO」。5つ星、さらに権威ある旅行専門誌『Condé Nast Traveler』がこのほど発表した「The Gold List 2024」に選出されたばかり。
登録有形文化財の「梶井宮門」から始まる優雅な造りですが、圧巻は、伏見稲荷を思わせるエントランスをくぐり抜けて地下1階に広がる「サーマルスプリングSPA」。特に敷地内の地下約1000mから湧く天然温泉水を贅沢に堪能できる「サーマルスプリング」は、文字通り至福の空間です。
そして京町家風に作り込まれた坪庭などをしつらえた木を基調にしたトリートメントルームでは、フランス・ビアリッツ発祥のオーガニックドクターズコスメ「ALAENA」や、開業3周年を記念してスタートした「MIKIMOTO COSMETICS」の最高峰ラインを使用したオリジナルスパトリートメントなどが受けられます。
一方"天空のスパ"として知られ、『フォーブス・トラベルガイド 2023年』ではホテル部門とともにスパ部門でも最高峰の5つ星を獲得した「ザ・スパ・アット・マンダリン・オリエンタル・東京」。東京の壮大なスカイラインを眺めながら、ヒート&ウォーターエリアのジェットバスで全身を温めほぐすという、得も言われぬ開放感を味わえます。
ここでは洋の東西を問わず豊富なトリートメントメニューを揃えていますが、そのひとつがスイス・パーフェクションのフェイシャルトリートメントです。
スイスのコスメといえば歴史ある専門機関発祥のセルラーコスメに定評がありますが、スイス・パーフェクションもまさにそのひとつ。
モントルーで誕生し、独自の植物細胞由来成分「CellularActive IRISA®(セルラーアクティブイリサ)」※1をキー成分に使用。植物×サイエンスの神秘のパワーで美肌の根本※2にアプローチするというプレミアムなトリートメントを極上の空間で受けられるのです。
※2 角層のこと
今求められるのは"ラグジュアリーウェルネス"という精神的豊かさ
ここに挙げた以外でも、2023年春に開業したブルガリ ホテル 東京の「ブルガリ スパ」、シャネルから秋に誕生したガラスケースの「トランテアン ル ルージュ」(¥25,300、レフィル ¥11,500)、11月に開業した麻布台ヒルズにワインバーも併設したショップをオープンしたアルゼンチンのフレグランスブランド「フエギア 1833」、2024年春にいよいよスキンケアとメイクアップを発売する「プラダ ビューティ」など、ラグジュアリービューティはまだまだ続きます。
今までにない高付加価値を携え、五感を豊かに満たし、この上ない精神的充足感をもたらしてくれる----デジタルでは決して得られないエクスペリエンスだからこそ、現代の社会的、経済的背景を考えれば"ラグジュアリーウェルネス"という潮流は一過性ではなく、これからも続いていくことは間違いないのです。
writer
この記事を書いた人
profile
木津 由美子 (きづ ゆみこ)
ビューティジャーナリスト
大学卒業後、外資系航空会社、化粧品会社のAD/PRを経て編集者に転身。VOGUE、marie claire、Harper's
BAZAARにてビューティを担当し、2023年独立。早稲田大学大学院商学研究科ビジネス専攻修了、経営管理修士(MBA)。
専門職学位論文のテーマは「化粧品ビジネスにおけるラグジュアリーブランド戦略の考察 --プロダクトにみるラグジュアリー構成因子--」。