輝く人

Ayakoさんに聞く、バセドウ病を通して学んだ、治療への向き合い方とサポートの重要性【前編(全2回)】

Ayakoさんは、数年前にバセドウ病に罹患し、現在も治療を続けています。
薬剤師の仕事の傍ら、治療にまつわるご自身の経験をもとにした、著書『踏んだり蹴ったりな幸せ者』の出版や、PICS(集中治療症候群)に関する啓蒙活動など、個人でも活動をされています。
バセドウ病についての情報発信も行うAyakoさんに、多くの女性にとって、ご自身や周りの方のために知っておきたいお話をお伺いしました。

Ayakoさんは、薬剤師の仕事の傍ら、ご自身の体験をつづった著書『踏んだり蹴ったりな幸せ者』の出版や、PICS(集中治療後症候群)に関する啓蒙活動をされています。
数年前にバセドウ病に罹患し、現在も治療を続けているAyakoさん。著書の中でもバセドウ病の治療にまつわるご自身の経験に触れられ、バセドウ病についての情報発信も行っています。
今回は、多くの女性にとって、ご自身や周りの方のために知っておきたいお話をお伺いしました。

なお、バセドウ病とは、喉仏の下にある甲状腺という臓器でつくられた甲状腺ホルモンが血中に過剰に分泌されることにより、動悸や発汗、体重減少などの症状が起きる病気です。
20~40代の女性に比較的多くみられ、症状とうまく付き合いながら生活を送る必要があります。

今回は、Ayakoさんが体感したバセドウ病の症状や、治療のなかで感じたエピソードをお話しいただいていますので、ぜひご一読ください。

病気に気づいたきっかけは、数年ぶりに集まった友人たちのひと言

――バセドウ病の初期症状として、一時的ではありますが「暑さや声の震えがあった」と著書『踏んだり蹴ったりな幸せ者』で拝見しました。そのような不調を感じて、どのくらい経ってから病院へ足を運ばれたのでしょうか?

Ayakoさん(以下、Ayako):最初の症状から、1年ほど経ってからでした。

実は、手や声の震え、体のほてりや筋肉が溶けるような痛みといった症状が出てから、一度病院へ行ったことがあります。ちょうどインフルエンザが流行っていた時期ということもあり、内科で検査を受けました。結局インフルエンザは陰性で、担当医には「単なる疲れではないか」と言われて、納得してしまいました。

この時点で、別の病気を疑えなかったのは、バセドウ病の症状が"何かのせい"にしやすいものだったからなのかな、と思っています。たとえば、手の震えは低血糖で、声の震えはストレスでも起こるものです。

私自身、薬剤師の資格を持っており、バセドウ病の症状については学問的に知っていたはずなのですが、まったく気づくことなくそのまま1年が経過していました。今となってはお恥ずかしい話ですが、最初の症状から1年経ってからやっと「甲状腺科に行こう」という発想になったのです。

――そこから、他の医療機関でセカンドオピニオンを受けることになったきっかけをお聞かせください。

Ayako:大学時代の友人たちと数年ぶりに顔を合わせる機会があり、そのときに自分は病気かもしれないと思いました。

まず「そんな声だったっけ?」という指摘から始まりました。ほかにも、手に持った物をまき散らしてしまったり、階段の昇り降りだけで友人の肩を借りたりしたことで、「どう考えてもおかしい」という雰囲気になりました。

当時は冬で、ハイネックのセーターばかり着ていて首は隠れていましたし、自分の首をまじまじと見ることもなかったのですが、声帯がつぶれるくらいに腫れていたみたいで......。私の不可解な行動や、首を見た友人の「甲状腺の症状じゃない?」というひと言で、病気の可能性にようやく気がつきました。

それから急いで甲状腺科に足を運びました。検査の結果、甲状腺のホルモン値が正常値の約5倍......。最初の症状から1年が経って、ようやくバセドウ病と判明したわけです。

気づかせてくれた友人たちとは数年ぶりの再会でしたから、そのタイミングで集まっていなかったら......と考えると、本当に不幸中の幸いだったなと思います。

信頼できる医療機関と心を開ける第三者の存在が、バセドウ病の治療を安心して進めるカギ

――バセドウ病と診断されてから、ご自身で情報収集をされましたか?

Ayako:積極的に情報を集めようとはしていません。というのも、私が通っていた病院は甲状腺科が有名なところで、バセドウ病の症状や治療については診察のときにすごく丁寧に教えてくれたんです。その病院である程度のことは聞けましたし、薬剤師という仕事柄、服用すべき薬も自分で判断がつけられました。

ただ、私の場合はたまたまそういった環境だったというだけで、バセドウ病と診断された方の多くは、右も左もわからない状態だと思います。担当医に相談・質問するのが一番早いとは思うのですが、病院は常に混み合っていますし、診察時にすべての疑問を払拭できるわけではありません。そういった場合は、インターネットで情報を集めるのがおすすめです。


私もバセドウ病のすべてを理解しているわけではないので、記憶があいまいな部分は公的機関や医療機関のWebサイトに載っている、信頼性の高い記事で確認していました。あとは、インスタグラムを活用してバセドウ病を抱えている方と交流したこともあります。

SNSもそうですが、第三者と交流するうえで大切なのは、信頼できる相手に自分のことを打ち明けることです。バセドウ病にかかわらず、ご自身の病気を第三者に話すのはやはりセンシティブになることだと思います。しかしそういった状況のなかでも、「自分は今こういう病気で、こういう悩みを抱えている」と、話す勇気を持っていただきたいのです。誰彼かまわずではなく、あくまでも信頼できる相手に......です。

私自身もバセドウ病と診断されたあとに、何人かの信頼できる友人に打ち明けたところ、「実は私もバセドウ病で......」「友人がバセドウ病だよ」と、話をしてくれました。場合によっては、自分が打ち明けることで得られる情報やヒントがあるのかもしれないな、と実感しました。

バセドウ病の治療における3つのステップと、ホルモン値をコントロールする重要性

――バセドウ病を治療していくにあたって、担当医からはどのような選択肢を提示されたのでしょうか?

Ayako:バセドウ病の治療法には、"薬物療法""放射線治療""手術"の3種類があります。これらは、それぞれステップを踏んでいく治療なので、自由に選べるわけではありません。多くの場合に第一選択となるのは薬物療法です。まずは薬物療法として服薬からはじめ、薬物療法の効果が出なければ、次は放射線治療です。甲状腺をできるだけ小さくする治療を施し、それでも厳しければ、最終的には手術で甲状腺を取り除くことになります。

ただ、手術をした場合は、甲状腺のホルモンをコントロールする機能を失うことになるので、服薬でホルモンを補わなければなりません。つまり、手術で甲状腺を取り除いた場合は、生涯薬を飲みつづける必要があるということです。

私は幸運なことに、服薬のみでホルモン値をある程度コントロールできたので、放射線治療や手術には進まずに済みました。しかし、症状が良くなって服薬をやめられても、日常生活でストレスがかかったり、体の状態が悪くなったりするとまた薬を飲まなければなりません。そうなったときにすぐに対処できるように、今は定期的に採血を行って、ホルモン値が正常かどうかを検査しています。

より安心して治療と向き合うために希望するのは、医療目線での精神的なケア

――バセドウ病は長く付き合っていかなければならない病気だと思います。実際にバセドウ病と向き合うなかで感じた医療体制の課題や、改善点などを教えていただけますか?

Ayako:バセドウ病にまつわる、ちょっとした情報を教えていただけるとありがたいな、と思いました。

バセドウ病には、代謝が良くなって髪の毛が抜けてしまう症状があるのですが、それをカバーできる育毛剤とか......。私はたまたまインターネットで、『MUNOAGE ヘアケア』という商品に出会えたのですが、みんながみんなそうではないですよね。ほかにも、眼球突出という眼球が少し前に出てしまう症状は、内科では診てもらえないので、眼科に行かないといけなくて......。

そもそも、大多数の方が、バセドウ病について具体的な情報を知っているわけではないですし、自分一人で調べるのにも限界があるはずです。症状や治療方法などの医療面の情報はもちろんですが、できれば医療以外のちょっとした情報を教えていただけると精神的にラクになる気がします。

病院には毎日多くの患者が訪れますから、医療現場で忙しなく働かれている方に、こういった細部のところまで求めるのは難しい部分もあると思います。そのような中でも、少しでもバセドウ病における見た目や精神面に対するケアがあると、より安心して治療を受けられるのではないかと感じました。

治療のなかで学んだ、本当の意味での"患者目線"と、家族との絆

――バセドウ病の治療を通じて、ご自身にとって学びになったことや、心に残っているエピソードをお聞かせください。

Ayako:本当の意味での、"患者目線"を体験できたことでしょうか。医療業界で働く薬剤師として、患者目線で何かを考えることはたくさんあります。とはいえ、口で「患者目線、患者目線」と言ってはいたものの、本当の意味での患者目線は、自分が患者になるまではわかっていなかったということに気づかされました。

どれだけ患者目線を意識していても、これまでは「論文やインターネットの信憑性の高い記事に書いてあるから、患者さんはこう思うはず」という考え方しかできていませんでした。バセドウ病の治療を通じて、本当の患者だったらどう感じるのか、どう心が動くのかと、具体的にイメージできるようになった実感があります。バセドウ病の治療は決して楽ではありませんが、仕事にプラスとなる学びがあったのはすごくよかったと思います。

また、バセドウ病をきっかけに、少し遠かった家族との距離を縮めることができました。バセドウ病と診断されたことを家族に伝えたとき、実は祖母も同じ病気を患っていたという話を、初めて母から教えてもらったんです。その経験もあったからか、母は私の見た目の変化をより注意深く見守ってくれました。眼球突出に気づいたのも、実は母なんです。

当時はバセドウ病だけではなく、いろいろな出来事が重なって気持ちが落ちていたので、そのときの家族の存在はとても大きかったですね。何か特別なことをしてくれたわけではないのですが、黙ってそばにいてくれたことがすごくありがたくて。大人になってから、これまで以上に信頼関係を築くことができたと思います。

勇気あるその"一歩"が、治療を前向きに取り組める大きなきっかけに

今回は、バセドウ病の発症と治療の軌跡、そして治療を通じて得られたことをAyakoさんに伺いました。

バセドウ病と診断され、困惑から心を塞いでしまっている方や、バセドウ病の治療で前向きな気持ちから遠ざかっている方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、信頼できる第三者に打ち明けることで、同じ境遇にいる仲間や理解者に出会える可能性があります。
一人で抱え込むのではなく、家族や友人に伝える、あるいはSNSで同じ病気を抱える方と交流するなど、勇気をもって一歩を踏み出してみましょう。

本インタビューの後編では、病気に向き合う心構えや現在の活動内容についてAyakoさんに伺っています。バセドウ病に限らず、あらゆる病気に前向きに取り組める内容をお話しいただいているので、治療に対してポジティブな考え方を見出せるはずです。
(取材・文:金澤優理)


こちらの記事もぜひご覧ください。
Ayakoさんに聞く、バセドウ病を通して学んだ、治療への向き合い方とサポートの重要性【後編(全2回)】


profile

Ayako

Ayako(薬剤師)

医療業界で働きながら、PICS(集中治療後症候群)に関する学会発表や論文執筆にも取り組む。PICSの認知を広めるために、2024年にECLE beigeを起業。『踏んだり蹴ったりな幸せ者』の執筆や、PICSの啓蒙活動などを展開している。

Instagram:
https://www.instagram.com/ecle.beige/
note:
https://note.com/eclebeige
amazon:
https://amzn.asia/d/8MHWIn2

※掲載している情報は、記事公開時点のものです。
輝く人
この記事をシェアする

この記事は、働く女性の医療メディア
ILACY(アイラシイ)の提供です。

“おすすめ記事recommended

CATEGORYカテゴリー