女性の健康と"腟マイクロバイオーム"【JSAセミナー2024レポート:前編】
2024年9月に、2日間にわたって一般社団法人日本スキン・エステティック協会による『JSAセミナー ~エステティシャンのための継続教育セミナー2024 Vol.52』が開催されました。美容脱毛を取り扱うエステティシャンが対象の本イベントですが、例年脱毛のみならず、女性の健康に関するさまざまな講義が実施されています。
今回は、そのうちの一つである、婦人科医の吉形玲美先生による講義『女性のライフステージと腟マイクロバイオームの変化から考える~新しいフェムケアの考え方』の内容・前編をお届けします。ご自身の体についてよく知り、健康的で心地良い毎日を送るための参考として、ぜひご覧ください。
女性ホルモンと健康の関係性
今回の講義の主旨は、女性の健康にかかわる"腟マイクロバイオーム"およびフェムケアでしたが、本題に入る前に女性の健康問題についてのお話がありました。
フェムケアについて知るには、そもそも女性の体の仕組みや健康問題について知る必要があります。まずはその内容をおさらいしましょう。
※腟マイクロバイオームについては、後日公開予定の後編の記事でお伝えいたします。
女性のライフステージと健康問題
女性にとって健康をおびやかす悩みは、年代ごとに具体的な内容こそ違えど、常についてまわります。まず人生の前半である性成熟期までは、月経不順や月経痛、性感染症、不妊症、妊娠合併症、子宮内膜症や子宮頸がんなど生殖器にまつわる疾患やトラブルに多くの女性が悩まされています。
そして更年期に入り閉経を迎えるころ直面するのが、女性ホルモンの減少による更年期症状、骨量の減少や生活習慣病の顕在化です。生殖器の腫瘍性疾患では子宮体がんや卵巣がんのリスクも上がります。
閉経によって、月経の悩みから解放される一方で、日々の生活の質(QOL)や健康寿命に関わる悩みが新たに生まれるのです。
そもそも、なぜ閉経に伴いこのような健康問題が現れるのか?その理由は女性ホルモンのはたらきにあります。
女性ホルモンは、女性らしい体を作るだけでなく、脳や皮膚、血管や骨など、全身のあらゆる器官に作用しています。正常に分泌されているうちは基本的に問題ないのですが、閉経によって女性ホルモンが減少すると、これらのはたらきが弱くなり、全身に変化や不調をきたすのです。
なお、女性特有の健康問題については以下の記事でも詳しく解説しております。併せてぜひご覧ください。
男子校で性教育「もっと話そう!Hello Femtech」正則学園高等学校での公開授業をレポート!【前編(全2回)】
男女間での健康問題の違い
女性ホルモンのはたらきが弱くなると全身に不調をきたす点について、もう少し掘り下げてみましょう。
男性の体にも女性ホルモンがありますが、加齢によるホルモンの減り方は男女で異なるので、健康問題の面でも男女間の違いがあります。
"女性ホルモン"というぐらいですから、基本的には女性のほうが男性よりも多く女性ホルモンを持っています。しかし、閉経以降はむしろ男性の体のほうが、女性ホルモンを多く持つようになるのです。その結果、男性よりも女性のほうが、疾患リスクが高くなります。
上記の図を参照するとわかるように、健康寿命に影響する健康問題は女性のほうが多くみられます。
ライフステージ別・フェムゾーンのトラブル
女性にとっての健康問題がライフステージごとに異なるのと同様に、フェムゾーンのトラブルにも変化があります。思春期~性成熟期と更年期以降に分けて見てみましょう。
ライフステージ別・フェムゾーンのトラブル
思春期~性成熟期 | 更年期以降 | |
自覚症状 |
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外陰部の変化 |
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思春期~性成熟期の頃は、雑菌によるトラブルのほか、梅毒やクラミジア頸管炎をはじめとする性感染症もみられます。更年期以降は、女性ホルモンの減少に伴う様々なエイジングトラブルがあるため、いずれも注意したいところです。
炎症・性感染症によるトラブル
思春期~性成熟期において起こり得るフェムゾーンのトラブルは、炎症や性感染症によるものが多い傾向にあります。具体例は以下をご覧ください。
炎症・性感染症によるフェムゾーンのトラブル
疾患名 | 概要・症状 |
外陰毛嚢炎 | 外陰部に発生するニキビ。発疹内部に膿がたまっている状態 |
外陰コンジローマ | 褐色あるいは黒色のイボ状の発疹。数個の場合もあれば多数発生する場合もある |
外陰ヘルペス | 初期段階では水泡状の発疹がみられる。後期には水泡がやぶれかさぶた状になる。数個の場合もあれば多数発生する場合もある |
梅毒 | しこりや潰瘍ができる。かさぶた状の皮膚症状が全身に広がる |
目で見て異変を判断できるものが多いことがわかります。講義の際は吉形先生から「施術の際にお客様のフェムゾーンで気になることがあったら、ぜひ指摘してあげてください」といったお話もありました。
なお、上記のうち特に気を付けたいのは、外陰コンジローマ、外陰ヘルペス、梅毒です。いずれも放置していると、性交時にパートナーにうつしてしまう可能性があるので、外陰部に違和感がある場合は早めに婦人科を受診しましょう。
エイジングによるトラブル
エイジングによるフェムゾーンのトラブルとしては、萎縮性腟炎と尿失禁(尿漏れ)、また骨盤性器脱の3つが挙げられます。以下でそれぞれ解説いたします。
萎縮性腟炎
萎縮性腟炎は、女性ホルモンの減少によって腟粘膜が薄くなり、痛みや炎症を伴う疾患です。
自覚症状がないこともあり、定期健診や子宮頸がん検診の結果を見て初めて気づく方もいらっしゃいます。症状が目立つ場合は、性交痛や違和感、かゆみ、また腟内粘膜からの出血などがみられ、激しいスポーツのほか、例えば「自転車に乗っていたら、下着に血がついていた」というケースもあります。ただし、そのような場合は子宮内からの異常出血ではないことを確認する必要があるので、出血があっただけでは萎縮性腟炎と自己判断することには注意が必要です。
排尿トラブル
更年期以降の女性には、尿失禁、いわゆる尿漏れも目立ちます。尿漏れにもいくつか種類がありますが、更年期以降で特に多いのが骨盤底筋の弛緩による"腹圧性尿失禁"と、脳から膀胱への指令がうまくいかないことによる"切迫性尿失禁"です。
また、失禁はしなくとも強い尿意を伴う切迫性尿失禁を主症状とする"過活動膀胱(overactive bladder:OAB)"とよばれる疾患もあります。具体例としては、強い尿意に突然襲われたり、それによって尿を漏らしてしまったり......といったケースが挙げられます。
骨盤性器脱
60代以降の女性に増加する疾患としては、膀胱や子宮、腟、直腸などが下垂・脱出してしまう"骨盤性器脱"があります。軽度の状態を含むと出産を経験した女性の約半数が悩んでいるとされており、多くの方が「老化だから仕方ない」と諦めてしまっています。また、羞恥心から受診をためらっている方も少なくないです。
ただ、骨盤性器脱は"臓器が下垂するだけ"ではなく、尿失禁や残尿感、また腹痛や出血といったトラブルにも発展しかねないため、放置せず治療を受けるのが大切です。
GSM(閉経後性器尿路症候群)の対処方法
ここまでにご紹介した、性器症状や尿路症状さらに性交痛などの性交関連症状を含めた症候群をGSM(genitourinary syndrome of menopause:閉経後性器尿路症候群)といいます。
GSMは、2014年に北米の女性医学の場面で生まれた新しい概念です。これまで、フェムゾーンのトラブルは病気としてあまり重視されていなかった領域なのですが、やはり「対処・治療・研究すべき分野だ」という声が上がり、このような名称がつきました。
GSMに該当する症状は、いずれも命に直接的に関わるものではないため我慢してしまっている方も多くいらっしゃるのが現状です。しかし、放置してもよいことはないため、適切に対処・治療、そして予防する必要があります。
2024年現在、日本国内で受けられるGSMの治療方法は、女性ホルモンを全身投与する"HRT(ホルモン補充療法)"と、局所(腟内)に投与する"エストリール腟錠"のみです。また、生活習慣・衛生習慣として適切な素材やデザインの下着を選ぶことやフェムゾーンの正しい洗い方や保湿などの指導をはじめとするフェムケアも挙げられます。さらに、こちらは後編の記事で詳しくお伝えしますが、腟内の善玉菌を補う成分が含まれたセルフケアアイテムの使用も有効です。
GSMは、閉経に伴う女性ホルモンの減少が大きな一因であるため、フェムケアだけでは完全に予防はできません。しかし、一部の疾患は適切なフェムケアによって状態を改善させることができるうえ、病原菌が繁殖するリスクなどを抑えられます。フェムゾーンのトラブルに悩まされることなく過ごすには、年齢を問わずフェムケアが非常に大切なのです。
フェムゾーンの正しいケア方法については、こちらの記事もご覧ください。
【フェムゾーンケア情報まとめ】よくある悩みの原因やケア方法とは?
フェムゾーンの状態が、健康状態に大きく影響する
今回の講義は、VIO脱毛でフェムゾーンを施術する機会も多いエステティシャンが対象でしたが、職業にかかわらず女性として知っておくべき情報が多く語られていました。
フェムゾーンのトラブルをある程度予防・改善できるフェムケアは非常に大切であり、女性ホルモンの減少が原因で起きているトラブルも「加齢だから仕方ない」と諦めず、適切なセルフケアを継続することや、必要に応じ治療を受けることが望ましいです。
後編の記事では、フェムゾーンと全身の健康にかかわる"マイクロバイオーム"を中心に、フェムテックについても解説します。公開をお楽しみにお待ちください。
こちらの記事もぜひご覧ください。
女性の健康と"腟マイクロバイオーム"【JSAセミナー2024レポート:後編】
この記事を監修した人
吉形 玲美 (よしかたれみ) 医師
医学博士/日本産科婦人科学会 産婦人科専門医
専門分野:婦人科
産婦人科臨床医として医療の最前線に立ち、婦人科腫瘍手術等を手掛ける傍ら、女性医療・更年期医療の様々な臨床研究にも数多く携わる。女性予防医療を広めたいという思いから、2010年より浜松町ハマサイトクリニックに院長として着任。現在は同院婦人科専門医として診療のほか、多施設で予防医療研究に従事。更年期、妊活、生理不順など、ゆらぎやすい女性の身体のホルモンマネージメントを得意とする。
2022年7月「40代から始めよう!閉経マネジメント」(講談社刊)を上梓。
2023年9月より「日本更年期と加齢のヘルスケア学会」副理事長に就任。