女性の健康と"腟マイクロバイオーム"【JSAセミナー2024レポート:後編】
近年、"フェムケア"という言葉の台頭により、日本国内でも少しずつ、女性特有の健康問題への意識が高まりつつあります。そんなフェムケアの一環としてぜひ知っていただきたいのが、女性の健康に大きく関わるとされている"腟マイクロバイオーム"の存在です。
本記事では、2024年9月に実施された、エステティシャンに向けたイベント『JSAセミナー ~エステティシャンのための継続教育セミナー2024Vol.52』より、婦人科医の吉形玲美先生による講義『女性のライフステージと腟マイクロバイオームの変化から考える~新しいフェムケアの考え方』の内容・後編をお届けします。
前編の記事はこちらからご覧ください。
女性の健康と"腟マイクロバイオーム"【JSAセミナー2024レポート:前編(全2回)】
マイクロバイオームとは
講義のタイトルにも使われている"マイクロバイオーム"ですが、多くの方にとっては見慣れない言葉ではないでしょうか。
マイクロバイオームとは、細菌などの微生物の集団、およびそれらの遺伝子物質を含めた、いわゆる微生物叢(びせいぶつそう)のことです。そもそも細菌や真菌、ウイルスなどの微生物の集団を"マイクロバイオータ"といい、そこに遺伝子的な概念を加えたものをマイクロバイオームといいます。
なお、マイクロバイオームは2001年にアメリカの生物学者であるジョシュア・レダーバーグによって提唱されました。人体に存在するマイクロバイオームは、人間の健康に密接にかかわっているとされています。
マイクロバイオームの変化
人間が持っているマイクロバイオームの内訳は、人それぞれ大きく異なります。"人間の遺伝子は99.9%同じ"と言われている一方で、マイクロバイオームには多様性があるのです。
では、具体的にどのような要因で、個々人でマイクロバイオームの特徴が異なっていくのか? というと、主に体に取り入れる栄養分や、日々の生活習慣が影響します。
母親の胎内にいる段階では、体は無菌状態なのでマイクロバイオームはありません。出生の際、初めて母親から菌を受け取るのですが、まずここで経腟分娩と帝王切開、どちらで生まれたのか? によってマイクロバイオームの特徴が異なります。
その後は、母乳と人工乳どちらを摂取するのか? を筆頭に、摂取する栄養素や家族・ペットとの接触をはじめとする生活習慣で、独自のマイクロバイオームが形成されます。
基本的には、生後1年の段階で体内のマイクロバイオームは成人とほぼ同じ状態になりますが、そのまま一生変化しないわけではありません。その後の過ごし方によってもマイクロバイオームの特徴は左右されるので、"良い菌を育てる"健康習慣を意識することが大切です。
マイクロバイオームの役割
人間の体には、体細胞よりも多くのマイクロバイオームが住み着いています。それぞれの活動が、宿主である人体にとって良い影響をもたらしたり、あるいは悪い影響を与えたりしているのです。
たとえば腸にいるマイクロバイオームは、消化の促進や免疫の調整を担ってくれる一方で、食中毒を起こすこともあります。そのほか、ニキビや虫歯といったトラブルにもマイクロバイオームが関係しています。
また「鼻毛を切ると風邪をひく」という話を聞いたことはありませんか? これは迷信ではなく、マイクロバイオームが関わっている可能性があるとも考えられます。
鼻毛を切ることで、鼻の中にいる、病原菌のバリアを担うマイクロバイオームを減らしてしまい、それによって風邪をひく......というわけです。
このように、マイクロバイオームは私たちの健康と密接に関わっています。女性特有の健康問題についてももちろん無関係ではなく、それについては主に"ラクトバチルス"とよばれる腟マイクロバイオームが影響しています。
当然、腟にもマイクロバイオームが存在し、妊娠・出産や婦人科疾患、フェムゾーンの健康状態に大きく関与します。詳しく見ていきましょう。
理想的な腟マイクロバイオームとは
主に出生時の環境や、その後の生活習慣によって、個々人でマイクロバイオームが異なる旨を先ほどお伝えしました。腟内のマイクロバイオームも人によって特徴が異なりますが、どのような環境が理想的なのでしょうか。
答えは、"ラクトバチルス(善玉菌)単一で、他の菌種が少ないこと"です。
ラクトバチルスとは、乳酸菌の一種で、漬物や発酵食品にも生育しています。人体においては主に腟内に存在し、病原菌の減少や不妊・早産のリスクを抑える役割があります。このラクトバチルスが多く存在しているのが腟マイクロバイオームにおいて理想的なのですが、ポイントは"単一である"ということです。
理想的なマイクロバイオームは、体の部位・臓器によって異なります。単一のほうがよい場合もあれば、複数の微生物が共生しているほうがよい、つまり多様性がみられるほうが理想とされる場合もあります。
腟内において理想とされるのは前者の、ラクトバチルスが単一で存在している状態です。
米国国立衛生研究所が2019年に発表した研究結果では、腟マイクロバイオームに多様性がみられると、早産リスクが高まることがわかりました。
その背景としては、ラクトバチルスが腟内の自浄作用に大きく寄与していることです。
「腟内は酸性に保たれている」と聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。これはそもそも、細菌や雑菌の繁殖を防ぐために酸性になっているのです。
腟内では、腟上皮細胞や糖化酵素とラクトバチルスが結びつくことで乳酸が生まれ、酸性の環境が成り立っています。腟内の自浄作用には、ラクトバチルスの存在が欠かせないということです。
腟内のラクトバチルスは、喫煙やストレス、過剰洗浄などさまざまな外的要因の影響を受けます。できるだけ心身ともに健康的な日々を送り、正しいフェムケアを心がけることが大切です。
フェムゾーンとストレスの関係性については、こちらの記事でも詳しく解説しています。
フェムケアはメンタルにも良い?
腟マイクロバイオームの変化
腟マイクロバイオームは、エイジングによって変化します。ピークは性成熟期の段階で、腟内が酸性に保たれ、ラクトバチルスも多くなっている状態です。
その後、閉経が近づくと腟内の環境が徐々に中性になり、ラクトバチルスが少なくなっていきます。
閉経後にはさらに、腟マイクロバイオームに多様性が現れる、つまりラクトバチルス以外の雑菌が増えるのです。
また性成熟期、つまり閉経前の年代でも、月経周期によって腟マイクロバイオームに変化が起きるため、月経前の時期には注意したいところです。
月経期は女性ホルモン分泌が低下するため、腟内のラクトバチルスが減少します。結果、腟内が中性に近くなることで雑菌が増殖しやすい環境となり、腟マイクロバイオームに多様性がみられやすくなります。
女性の健康問題と腟マイクロバイオームの関係
【前編】の記事でお伝えした、女性特有のさまざまな健康問題も腟マイクロバイオームと無関係ではありません。
たとえば、腟内のラクトバチルスが優位であるほど、クラミジアをはじめとする性感染症のリスクは低くなることがわかっています。また【前編】で解説した、GSM(genitourinary syndrome of menopause:閉経後性器尿路症候群)についても同様です。
ラクトバチルスの減少によって腟内の自浄作用が弱まり、雑菌が繁殖することでさまざまな不調・疾患のリスクが高まります。
さらに驚くべきは、子宮頸がんの発症原因となるHPV感染にも腟マイクロバイオームが関わっているという研究成果が多数発表されていることです。ラクトバチルスは腟粘膜においてHPVのクリアランスに関与していることが示されています。
日本国内におけるHPV感染率は、15~19歳をピークに下落したのち、55-59歳以降でふたたび上昇している傾向にあります。これは更年期以降の世代であり、腟マイクロバイオームの多様性がみられるタイミングでもあるのです。このようなデータからも、腟マイクロバイオームの変化とHPV感染率の相関関係が示唆されます。
今後、HPV感染の予防にもまた新たな可能性が見えてくるかもしれません。
腟マイクロバイオームを意識して、内側から健康な女性になろう
【前編】の記事に続き、吉形先生の講義の内容をお届けしました。
私たちの体中に存在し、健康を保ってくれているマイクロバイオームのひとつである、腟マイクロバイオーム。腟内の酸性を保つことで雑菌の繫殖を防ぐほか、腟内免疫を向上させ性感染症やGSMといったトラブルのリスク低減にも寄与してくれます。
腟内にラクトバチルスを保つことができるよう、適切なフェムケアと、ストレスを少なく健康的な日々を過ごすことを意識していきたいですね。
この記事を監修した人
吉形 玲美 (よしかたれみ) 医師
医学博士/日本産科婦人科学会 産婦人科専門医
専門分野:婦人科
産婦人科臨床医として医療の最前線に立ち、婦人科腫瘍手術等を手掛ける傍ら、女性医療・更年期医療の様々な臨床研究にも数多く携わる。女性予防医療を広めたいという思いから、2010年より浜松町ハマサイトクリニックに院長として着任。現在は同院婦人科専門医として診療のほか、多施設で予防医療研究に従事。更年期、妊活、生理不順など、ゆらぎやすい女性の身体のホルモンマネージメントを得意とする。
2022年7月「40代から始めよう!閉経マネジメント」(講談社刊)を上梓。
2023年9月より「日本更年期と加齢のヘルスケア学会」副理事長に就任。