「健康"腸"寿」――知られざる腸内細菌の力を知ろう(前編)
去る、2019年9月、仙台市シルバーセンターの交流ホールにて、近年注目を集める腸内フローラと健康長寿の密接な関係を学ぶセミナー「きょうから始める健康"腸"寿 ~21世紀は腸の時代~」が開催されました。
そこでは、ILACY(アイラシイ)でもおなじみ、せんだい総合健診クリニック院長の石垣洋子医師が登壇。知られざる腸内細菌の力とその引き出し方、腸内環境の整え方について、日常生活にすぐ役立つ知識を含めて、わかりやすく教えていただきました。
そこで今回は、本セミナーにおける石垣先生のお話を、前編・後編の2回にわたってお届けします!
心身の健康に深く関わる「腸」と「腸内細菌」
今回のセミナーのテーマは「健康"腸"寿」。長寿が腸寿になっていることからもわかるとおり、腸と長寿の深い関係について参加者とともに考えるセミナーです。
まずは、司会者が石垣先生の経歴を簡単に紹介した後、先生自身からこれまでの歩みと腸内細菌の研究に携わったきっかけ、今日のセミナーで学んでほしいポイントについてお話がありました。
先生は、腫瘍内科医として終末期の患者と接するうちに予防医学の重要性を痛感し、女性に特化した手厚い診療を特徴とするソフィアレディースクリニックを設立。志はそのままに、2010年からせんだい総合健診クリニックで院長をされています。
「私が腸内細菌に興味を持ったのは、今から十数年前のことでした。今回、この貴重な機会をいただいてもう一度学び直したところ、腸内細菌は私のライフワークになりうる興味深いテーマだと改めて感じているところです。
今日来ていただいた皆様には、これまでに私が知り得たこと、現時点でわかっていることを少しでも伝えられたらと思っています」
石垣先生が腸内細菌に興味を持ち始めたころ、腸内の検査を実施している機関は欧米にしかなく、高額で時間もかかるとあって、日本国内での導入は困難だったといいます。その方法の模索が続く中、少しずつ「腸内細菌」や「腸内フローラ」といった腸内の環境に着目する人が増え始め、日本でも腸内細菌の検査を手掛ける会社が出てくるようになりました。
そうした中で行われたのが、更年期症状に苦しむ女性たちを対象にした2018年の治験です。
「閉経を挟んだ前後約10年にあたる更年期は、ホルモンバランスの乱れから心身ともにさまざまな不調が現れやすい時期。人によっては、日常生活に影響が及ぶこともあります。
そんな更年期のつらさ、苦しさを軽減する研究のプロセスにおいて、減少する女性ホルモンに代わって女性をサポートできる可能性があるとして注目されたのが、イソフラボンが体内の腸内細菌によって作り変えられてできる、エクオールという成分でした」
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「エクオール」の働きや効果とは?体内で産生できない場合の対処法も
治験では、サプリメントでエクオールを摂取した人を対象に、症状の変化や血管の状態、骨密度、体組成などを調査。
石垣先生は、体内でのエクオールを調べるにあたって、腸内細菌との関係を調べてみたいと思い、食生活調査と腸内細菌検査を加えることにしたそうです。
「治験の結果、体内にあるエクオールを活性化できている人は、多様な食習慣に基づいた豊かな腸内細菌を持っているということがわかりました。これにより、腸内細菌が整えば更年期症状も良くなるのではないかという仮説が生まれ、海外への学会発表につながっています」
近年の研究で、心身に大きなプラス効果をもたらすことがわかってきた大腸と腸内細菌。「セミナーをきっかけに、ぜひ日常生活でも意識を高めてほしい」と石垣先生は呼びかけ、知ってほしいポイントを挙げてくれました。
・理想的な腸内フローラとは
・腸内フローラを育てるためにできること
この3点についての詳しい解説が、次のようなものです。
1 腸の大切さを知ろう!
ここ数年で、腸内細菌の分析はより高精度になり、健康への影響を具体的に把握できるようになりました。同時に、腸内細菌を育む大腸にも関心が集まるようになったと石垣先生。
「これまで、便を作って出す臓器と認識されてきた大腸が、実は非常に重要な役割を果たしていることがわかってきました。人間を構成する細胞が37兆個といわれる中で、大腸にいる腸内細菌は数千種類以上、数百兆個以上も存在していることがわかっています。
その重さは、なんと約2kg。大腸には、1つの臓器に匹敵しうる量の細菌が存在しているのです」
人は、生まれる時に産道で母の細菌を受け継ぎ、母乳や離乳食などを通じてその数と種類を増やして、次第に自分の腸内環境、いわゆる腸内フローラを形成していきます。
石垣先生は、腸内フローラを有する大腸の役割として、特に重要なものを5つ挙げました。
・病原体の侵入を防ぎ、排除する
・免疫力の70%を生成する
・消化を助ける
・ビタミンを生成する
・幸せ物質のドーパミンやセロトニンの90%を生成し、脳に送る
がんを含めた病域への抵抗力のみならず、精神的な部分に影響するセロトニンやドーパミンといった物質にも、腸が関与していることがわかります。
「緊張するとトイレに行きたくなるという経験をしたことがある人は、多いと思います。従来、こうした連鎖反応は、脳が腸に命じることによって起きていると考えられていましたが、実際には腸がさまざまな不調を察知して、その情報を脳に送っていることがわかってきました。腸は、メンタルとも密接な関係があるのです」
つまり、腸の調子が良くて理想的な腸内フローラが形成できていれば、心身ともに調子が良く、逆に腸の調子が今ひとつであれば、心身のバランスも崩れやすいということになります。
2 理想的な腸内フローラとは?
では、理想的な腸内フローラとは、どのような状態なのでしょうか。キーワードとなるのは、「多様性」と「短鎖脂肪酸」です。
多様性とは、腸内細菌の種類と数が豊富であることを指しています。腸内細菌には、善玉菌と悪玉菌のほか、どちらにも転ぶ可能性がある日和見(ひよりみ)菌がいて、善玉菌の中にもちょっと悪玉菌よりのもの、悪玉菌でありながら善玉菌に近いものなど、バラエティに富んだ特性を持っています。
腸内細菌の世界も、われわれ人間同様にダイバーシティ(多様性)が大切なキーワードです。
「世の中が善人ばかりではおもしろくないように、腸内も善玉菌だけでは成り立ちません。バラエティに富んだ菌がいればいるほど、それぞれが持つ多種多様な特性によって腸が守られ、理想的な腸内フローラに近付きます。フローラはお花畑の意味ですから、さまざまなお花が咲いているお花畑をイメージしていただくといいと思います」
2つ目のキーワードである短鎖脂肪酸は、善玉菌の代表的な存在である「ビフィズス菌」や「酪酸産生菌」が食物繊維などを食べた後に分解して作る物質。消化吸収を促すほか、免疫を調整したり、善玉菌・悪玉菌のバランスを整えたりと、マルチに活躍する「スーパー物質」です。
「短鎖脂肪酸を作るには、食物繊維が大腸に運ばれたとき、それをきちんと食べて分解してくれる優秀な善玉菌がたくさんいることが大切。つまり、多様な腸内細菌を持ち、短鎖脂肪酸を産生できれば、ベストな腸内フローラを保てているということなのです」
ところが、近年の日本人の腸内細菌は種類も数も少なく、短鎖脂肪酸も産生できていない人が多いと石垣先生。日本人女性の死亡率No.1が大腸がんであることも、こうした腸内環境の悪化(腸内劣化)が原因の一つであると指摘し、改善の必要性を訴えました。
「腸内細菌は、生活習慣を工夫すればかなり改善することができますし、元々ある短鎖脂肪酸を活性化させることもできます。では、どうすれば自力で腸内フローラを育てることができるのか、その方法についてお話ししましょう」
3 腸内フローラを育てるためにできること
理想的な腸内フローラを育て、腸を健全に保つには、善玉菌を多く含む食品(プロバイオティクス)と、そのエサとなる物(プレバイオティクス)をいっしょにとる「シンバイオティクス」と呼ばれるアプローチが有効。
代表的なプロバイオティクスは、ヨーグルトや納豆、ぬか漬けといった発酵食品。プレバイオティクスは、水溶性の食物繊維やオリゴ糖などです。
「腸に有用な菌を届けてくれるヨーグルトや納豆は、食べてもすぐに排泄で外に出てしまうのが難点。せっかく有用な菌を体に入れても、お腹の中で活性化しなければ、宝の持ち腐れですよね。
そこで、有用菌を育て、定着させる力を持ったバナナやわかめなどをいっしょにとるシンバイオティクスが有効です。上手に組み合わせることによって相乗効果が得られ、短鎖脂肪酸も産生されるようになって、腸が元気になりますよ」
石垣先生おすすめの「最強のシンバイオティクス」は、ヨーグルトにバナナを組み合わせ、オリゴ糖を含むはちみつをちょっと垂らすというもの。朝食やおやつにも手軽に取り入れられます。
また、冷えたご飯と納豆の組み合わせは腸内細菌に非常に良い効果があることから、出先でお昼を購入するときなどに納豆巻を選ぶなどの工夫をすると◎とのことでした。
「人生100年時代を迎えて、日本国内にいる100歳以上の人は現時点でも70,000人を突破し、今後、2007年生まれの子供の半数は、107歳まで生きる時代が来るといわれています。
これから重要になるのは、これまでいわれてきた平均寿命や健康寿命よりも、心も体も健康で、幸せを感じながら長生きできる"幸福寿命"ではないでしょうか。幸福寿命を延ばすには、幸せホルモンの90%以上を生成し、免疫のカギを握る「腸内細菌」といっても過言ではありません。
腸内環境を知ることは、自分を知ること。ぜひ、腸内フローラの検査をしてみてください。21世紀は腸の時代です。腸内環境を整えて、幸福"腸"寿、健康"腸"寿を実現しましょう」
この言葉をもって、第1部が終了しました。
次回の後編は、お笑いコンビ・まつトミが健康に関する素朴な疑問について、石垣先生に質問をぶつけた第2部をレポートします!
少量の便を自宅で採取してポストに投函するだけの簡単な検査で、大腸内に生息している約150~200種類の菌まで解析ができます。
その結果レポートは、なんと計6ページ!管理栄養士からの個別アドバイスも付いていますよ。
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この記事を監修した人
石垣 洋子 (いしがき ようこ) 医師
専門分野:内科
1981年聖マリアンナ医科大学医学部卒業
医療法人社団進興会エスエスサーティクリニック、ソフィア健診クリニック院長を経て、2010年よりせんだい総合健診クリニック院長に就任。がん治療の最前線で治療を続ける中で症状が出てからでは遅い!という悔しい思いから予防医療に力を入れる。 「予防は治療に勝る!」の理念の元、食事、運動といった生活習慣の改善や、健康指導を得意とする。